「収容所の状況は刑務所よりひどく、いつ抜け出せるか全くわからないのです。」
フォン・フォン・クリストファーは、品川の東京出入国在留管理局内の入国者収容所に8ヶ月間収容されていました。彼はこの経験を振り返り、収容施設の中はこれまで経験したことがないような環境で「まるで別世界にいるようだった」と述べています。クリストファーは法律に違反しておらず、犯罪者でもないため、施設の「刑務所のように囲まれている」環境に驚いたといいます。そして彼が最も衝撃を受けたことは、収容期間が無期限だということです。クリストファーは、刑務所のような場所で拘束されるとは思っておらず、毎日解放されることを祈っていました。しかし、彼が釈放されたのは収容から8ヶ月後の、日本で初めて新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が発令されたときでした。
2. 収容所での生活
2.1. 担当職員
「それは職員にとっても面白いことではありません。決して軽く捉えてはいけないことです。しかし、悪いことが起こった時に、彼らは作り笑顔でそれを隠します。表では笑っていても中では死にかけているのです。」
品川で収容されているほとんどの難民申請者は、「担当」と呼ばれる収容所の職員に対して敵対的な見方をしています。クリストファーにとっても、品川の収容所で生活する中で、担当との関係はとても重要な部分でした。ある時彼は、担当による収容者への脅迫行為を目撃したと話します。それでも彼は、担当職員たちを嫌うのではなく、むしろ彼らが置かれている状況に同情的な見方をしています。これは、母国で対立するフランコフォンに対して敵意を抱くのではなく、アングロフォンに対して不利な規則を制定したことが分断の原因だと考え、「人」が本来悪いのではないと考えるクリストファーの根本的な考え方にも繋がります。したがって、クリストファーは担当職員たちの言動は、刑務所のような施設の環境と収容者の不満や不安などのマイナスな感情によって引き起こされているのではないかと指摘しています。
収容所で働く中で担当たちが直面する、特にマイナスな側面の一つは収容者たちが汚したものの片付けです。品川に収容されている人の中には、虚弱を唯一の逃げ道だと考えている人も多くいます。これは、出入国在留管理庁が「健康上の理由によっては収容者を一時的に釈放する必要がある」と定めているためです。しかし、インターネットに掲載されている入管のQ&Aのページには、「一時的な釈放を決定するための基準は明確に定めていない」と明記されています。したがって、病気や身体の悪化が必ずしも収容所からの解放を意味するわけではありません。しかし、多くの収容者は「病気にならなければ外に出られない」と信じており、極端な食事制限などを行っている現状があります。
それでもクリストファーは、担当職員たちを責めるのではなく、収容所の悪環境の下で働く彼らの精神面を心配しています。収容所の中で彼は、他の収容者たちだけでなくそこで働く職員たちの状況も把握することができました。担当職員たちによって8ヶ月間も収容されていたにも関わらず、クリストファーは彼らに同情の意を表しています。
2.2. 周りの「受刑者」
「正直に言うと、彼らは本当に受刑者のようです。彼らは囚人なのです。」
クリストファーは東京出入国在留管理局の収容者たちは投獄されているような状況だと話し、彼らを「受刑者」と呼んでいます。しかし、彼は中での生活を通じて周りの収容者たちに対して好印象を持っていたといいます。例を挙げると、彼のルームメイトの一人はギャンブルで稼いだお金を仲間と共有し、共に喜んでいたと話します。
「私の部屋にはギャンブルが上手な人がいました。彼は毎日ギャンブルをし、他の収容者から多い時には200万円ももらっていました。しかし、彼には決めていることがあり、ギャンブルに勝つと必ず彼は部屋に戻ってきました。私たちはギャンブルに一切参加していませんでしたが、彼は私たちに1000円ずつお金を分けてくれました。私たちは誰もギャンブルのことをスタッフには伝えませんでした。お互いに助け合い、他の人と協力することが必要でした。交友関係を広げることで生き残ることができる世界です。これが私たちが生活する収容所の実態なのです。
「受刑者」たちが協力し合う収容所の実態は、クリストファーが話す困難な状況に置かれた時の人間の適応性についての話とも繋がります。これまでの経歴に関係なく、「受刑者」たちは皆同じ状況、すなわち外国で無期限の収容を強いられているという状況によって一致団結しています。クリストファーはこのような「共通の状況」は彼らの異なる背景を超越する繋がりを生み、「受刑者」たちが収容所の中で交友関係を広げることを可能にしていると話します。
「人間誰しも心を持っているのです。それは収容所の中にいても同じです。」
2.3. 有意義な活動
長期にわたる収容と不安な環境下での生活には、喧嘩などの苦い思い出も多くあります。そのような状況でもクリストファーは、他の収容者から信頼を得て、自然とリーダー的存在になっていきました。喧嘩などが起こった際には、当事者たちの置かれている状況を認識させるため何度も説得し、「2人で言い合っても決して正しいことは生まれない」と伝えていたといいます。
「自分のレベルにはなりますが、授業のような空間を作ろうとしました。授業を通してみんなで日本語を学ぼうと試みたんです。」
クリストファーは収容所の中でも、日本語の勉強など有意義な活動に時間を費やそうと努力していました。彼は収容所の内外関係なく、日本で最も重要なのは日本語のコミュニケーション能力だと主張しています。収容所でできることは限られているため、クリストファーは日本語の勉強をするいい機会だと考えていました。こうして彼は周りの収容者たちも巻き込んで、日本語を学んでいきました。クリストファーは以前の労働組合のリーダーとしての能力を発揮し、NHKが出版した本を使用して収容所内で1つの授業のような言語学習の環境を確立させました。
3. 収容体制の問題点
「私は中に入り、全く笑えない状況にいることを察知しました。そして出入国在留管理庁に中の状況を伝えようとしました。」
3.1. 有罪判決を受けた犯罪者の収容
クリストファーは収容所に入るとすぐに、有罪判決を受けた犯罪者とともに収容されることの問題点を2つ見つけました。1つ目は、そのような犯罪者たちが若い収容者に与える影響です。
犯罪とは無縁の若い人たちもこの収容所に連れていかれ、犯罪者と共に生活させられるのです。せめて別の部屋に、まだ若く犯罪者ではない人たちに、変なことを教えないよう離れた場所で収容すべきです。
収容所の中でクリストファーが最も懸念していたことは、若者の道徳心や純粋さが失われてしまうことです。彼自身は犯罪者と同じ部屋に収容されることに恐怖心はなかったといいますが、若者に対する悪影響についてはとても心配していました。そのため彼は、収容者をそれぞれの経歴に応じて分け、若者が悪影響を受けないように対応すべきだと主張しています。
3.2. 強制送還命令と脅迫
「強要に屈することはありません。それが私です。状況が苦しくなればなるほど、耐えるのです。」
クリストファーは、収容者たちの感情は常にコントロールされていると話します。収容所の脅迫の中で最も一般的な方法は、強制送還命令を示唆することです。強制送還の命令を拒否することは、「犯罪」として扱われます。職員たちは、収容者に日本に残れる可能性が低いことを知らせ、強制送還の書類に署名させようとします。クリストファーは、品川での8か月の収容期間中に2度面談を行いましたが、その際書類の提出を強制させられたと話します。しかし、彼は強いられてサインをすべきではないと分かっていた為、職員による署名の強要を拒み続けました。
クリストファーは脅迫に屈するどころか、職員たちに「署名なしで強制送還できるならやってみせろ」と抗議したと言います。彼には効果がなかった署名の強要ですが、収容者の中には職員たちを信じ、従ってしまうケースも多くあると言います。
さらに、クリストファーは出入国在留管理庁による「脅迫」は収容から解放された後も続いていると主張しています。仮放免が認められ、外に出られたとしても多くの人は働くことを許されていません。これは、収容所内で彼らはすでに強制送還を言い渡されているため、外に出てからもその効果により就労許可が得られないためです。そのため、クリストファーと同じ状況にある人たちは、収容所から釈放されたとしても多くの困難に直面しています。
仮放免が認められても、出入国在留管理庁の許可なしに、就労したり、国民健康保険に加入したり、居住する県を越えて旅行したりすることはできないのです。
3.3. 難民認定希望者の収容
「彼らは誰が本当の難民で誰がそうではないのか、深く知ろうとはしません。」
クリストファーは、施設で難民認定希望者を収容する理由について、「人々の恐怖心」が関係していると語ります。彼の見解では、日本人の多くは、来日する外国人の中に「犯罪者」がいる可能性を恐れていると言います。彼は、その可能性がないとは言い切れませんが、多くの外国人はより良い環境を求めて来日しており、日本の入国管理は犯罪者を入れないようなシステムになっていると指摘しています。クリストファーは、日本は移民を減らすことに重点を置いており、真の難民かどうか見極めることにほとんど関心がないと感じています。また、このような現状が、日本の難民認定率が先進国の中でも最も低い一つの理由になっていると話します。
現在、移民問題はすでに賛否両論ある話題のため、政府はこれ以上難民を増やすことに関心を示していません。日本の難民問題への関心の薄さは、申請期間にも悪影響を及ぼしています。これにより、長期収容の問題も引き起こされています。東京弁護士会は公式声明の中で、「収容期間が極端に長くなっている。このような出入国在留管理庁は受け入れられない」と指摘しています。
4. 新型コロナウイルスと釈放
4.1. 恐怖と動揺
「コロナウイルスが収容所に入ると終わりだと思いました。なので私たちは全員コロナを恐れていました。本当に怖かったです。」
東京での新型コロナウイルス感染者の急増を受け、クリストファーは品川の収容所から釈放されました。新型コロナウイルスが日本中に広がり始めたことをテレビのニュースで知った収容者たちは、収容所全体にウイルスが広がることをとても恐れていました。収容所でのマスクなどの感染防止対策が万全ではなかったため、彼らはパニックに陥っていたと語ります。
「死ぬなら収容所の中より外がいいです。外ならまだ助かる可能性がありますが、中では全員が感染してしまいます。」
収容所内で感染することへの恐怖は、収容者たちが密に集まっている環境や彼らの健康状態の悪さから生まれています。収容所はまさに「三密」(密集、密接、密閉)が生まれやすい環境にあります。さらに、品川で長期収容されている人の多くは健康状態が悪く、日本弁護士連合会は新型コロナウイルスの感染拡大時の収容に関する公式声明の中でこの問題を指摘しています。
現在、基礎疾患に苦しむ長期収容者は少なくありません。また、彼らは十分な治療を受けられずにいます。このような状況下で収容者が感染すると、生命に関わる深刻な健康状態の悪化が懸念されます。
収容者の健康状態への懸念と施設内の三密に加えて、職員たちの収容所外での移動が中での感染リスクを高めています。品川の収容者たちは外からウイルスが持ち込まれるのではないかと、増え続ける東京の感染者の報道を毎日テレビで見ながら、不安を感じていました。
「職員たちが外出していたので、私たちは本当に不安になりました。中にいるのは私たちです。彼らが外からウイルスを持ち込み、感染が広がってしまう可能性も十分にあります。それを私たちは一番恐れていました。」
2020年4月6日、日本で初めて緊急事態宣言が発出され、品川の収容所への訪問権は停止されました。それにもかかわらず、担当職員や新しい収容者たちは収容所を出入りしていました。
4.2. 釈放
収容所内でのコロナ感染の可能性に直面し、一部の収容者は自発的に日本を離れようとしました。「不法残留している外国人」が帰国を希望し、自ら出入国在留管理庁に出頭した場合、出国命令という制度により、収容されることなく出国することができます。
確実に日本を出国することが予期される場合、当局は彼らを収容せず日本を出国できるように措置を講じています。一定の要件を満たす不法在留している外国人は、簡単な手続きに従い、収容されることなく日本を離れることができます。
しかし、コロナ禍で全てのフライトが一時キャンセルされたため、出国を決めた収容者たちは日本を離れることができませんでした。代わりに品川の収容所は、多くの収容者を一気に施設から釈放したのです。
5月1日、出入国在留管理庁は「仮放免」の許可を開始すると発表しました。茨城と品川の収容所から50人ずつほど収容者が釈放され、彼らは何の警告や支援を受けることなく施設から釈放されました。
上記のスレイター教授とバーバラン氏の記事では、収容所の対応について、他の国も同様の方針をとっていることを理由に、彼らは「収容者たちの死に責任を負いたくないのだ」と指摘しています。しかし、新型コロナウイルスが蔓延してしまった今、収容所や刑務所、病院など、どこにおいても安全な場所はないのが現状です。
2020年5月1日、東京での新型コロナウイルスの第一波がきた頃、クリストファーは突然収容所から釈放されました。
彼は早い段階で「荷物をまとめて収容所を出てください」という知らせを受け、急な展開に驚きつつもとても嬉しかったと話します。収容所の外が安全という訳ではありませんが、クリストファーは中よりも外で死ぬほうがよっぽどマシだと話します。
4.3. 収容施設の影響力
クリストファーは収容所内での時間を振り返り、自分が収容された理由を常に考えていたといいます。彼は、この経験によってもたらされた彼自身の個人的な変化が、周り人にも受け継がれ、日本全体に前向きな変化をもたらすことができるのではないかと期待していると話してくれました。
クリストファーは2019年8月23日に東京出入国在留管理局に移送され、8ヶ月間の収容生活を送り、2020年5月1日に釈放されました。彼は「収容される前までは、日本のことを理解しきれていなかった。8ヶ月間を通じて『日本の本質』を学んだ」と話しています。これは、一見豊かに見える日本にも不平等な扱いに苦しんでいる人が多くいるという実態です。彼は、自身の経験を共有することにより、一人でも多くの人がこの問題に目を向け、変革をもたらすため行動を起こすことを望んでいます。