クリストファーはカメルーンで労働者の権利のために闘った活動家です。労働組合のリーダーであった彼は、やがてカメルーン政府による迫害の対象となり、同じく労働組合に所属していた同僚の拷問と殺害を経験しました。政府による継続的な脅迫と不当な扱いのため、彼はカメルーンを脱出するほかありませんでした。日本についてほとんど何も知らなかったものの、安全で安心できる新しい生活を始めることに希望を持っていました。
しかし、その夢と希望とは裏腹に日本での9年間の旅は様々な困難に直面しました。この物語は、彼が日本での在留で遭遇した苦悩と困難を探っていきます。彼の物語は、彼だけの苦悩を示すだけでなく、日本で難民認定を受ける過程で多くの庇護希望者が直面する課題も示しています。
カメルーンでの生活
こちらのページではカメルーンでのクリストファーの生活、そして最終的に彼が祖国と愛する家族から逃げることを決意した根本的な原因について、詳しくご紹介します。カメルーンには、英語圏とフランス語圏の政治的分裂の歴史があります。カメルーン政府で働いていた彼が、親友の死をきっかけに国を離れるまでの道のりを時系列で追っていきます。
難民認定制度
「私にとって日本はいつも夢でした…けれど日本に来てすぐに、そのイメージは壊れました。」クリストファーと日本の出入国在留管理庁との関係は、特に難民申請者として、悪化の一途をたどっています。極めて低い日本の難民受け入れ率、迫害を証明するための大変な過程、そして物語の核心であり悲痛な難民認定却下などの問題などに踏み込んでいきます。悲しい話ではありますが、クリストファーの物語は、日本における難民・庇護申請者に関しては決して珍しいものではありません。
入国者収容所
クリストファーは品川にある東京出入国在留管理局に8ヶ月間収容されました。この間、彼は収容制度に関する多くの問題を目の当たりにしました。その中には、日本の刑務所で既に刑期を終えた外国人の収容や、強制送還に直面している人々に対する組織的な威圧が含まれていました。また、収容所の職員が常に被収容者を不安にさせるような態度をとるため、彼の体験はしばしばネガティブなものとなりました。このページでは、クリストファーの忍耐強さについてご紹介します。
日本での就労
「神様は日本にやってきて、日本人に尋ねました。『私はあなた方をとても愛しています。何をあげましょうか?』
すると日本人は『神様 少し仕事をください』と答えました。神様は『分かった 仕事を与える。2つ目は何が良いか?』と聞きました。すると『もっと仕事をください』と言うので、神様が『よし、追加しよう。3回目のチャンスだ 何が欲しい?』と聞くと、日本人は答えました。『お分かりになりませんか?仕事です』と。(笑)」
豊富な職歴と経験を持つクリストファーの、日本での仕事に対する考え方を覗いてみましょう。
未来への希望
クリストファーは、日本における外国人労働者の労働環境に変化をもたらしたいという希望を持っています。外国人と日本社会の双方がより良い環境で暮らせるようにするために、どのような団体を設立するかすでにビジョンを描いているそうです。人のため、社会のために何か良いことを成し遂げたいという思いは、誰よりも強いクリストファー。その夢を実現することで、社会的弱者である外国人労働者の現状を変え、変化をもたらすことができると彼は信じています。
チーム
クリストファーとのインタビューに携わったチームメンバーを紹介します。
