アイデンティティーと宗教

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アイデンティティーと宗教

〜ジェームズ・トバとは〜

注:このページの全ての動画において日本語字幕をご利用いただけます。
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人は誰もが困難に直面した時、自分という人間を作り上げた道徳心を省みるものです。
何があっても揺るがないたった一つの真実を信じる事こそが自分のアイデンティティを作り上げていくのです。

ほとんどの難民にとってその道徳心、その揺るぎない真実が「宗教」となっています。不確実で不安定な荒い海の中で浮いている浮標なのです。

この考えを代表する人物がジェームズ・トバです。

聖書と写るジェームズ

言うまでもなく、ジェームズは正真正銘のカトリック教会の信者です。彼のアイデンティティーは、キリスト教とカメルーン文化を中心に形成されています。この信仰を一途に、どんな困難の中でも信じ続けてきたジェームズには、今では家族のように思える教会の仲間が集まっています。キリスト教はジェームズの人生において、大きな出来事や人生を左右する人間関係の発火点としての役割を果たしています。だからこそ、ジェームズのアイデンティティーの土台でもあるキリスト教と彼の周りで起きている出来事の関係性を理解することで、ジェームズはどんな人間であり、どういった物語を描いてきたかが実際に見えてくると思います。

この記事では、何がジェームズの道徳性を構成しているのか、彼がどのような価値観に基づいて生きているのか、そして彼が築いてきた人間関係を見ていきます。

1. 宗教と背景

ジェームズとカメルーンの宗教背景

ジェームズの宗教的背景を十分に理解するためには、ジェームズの母国であるカメルーンについての基礎知識が必要不可欠です。ヨーロッパによる植民地化の歴史を持つアフリカのほとんどの国に共通しているように、カメルーンはキリスト教、特にカトリックのキリスト教が主要な宗教となっており、人口の6割近くがキリスト教で、次いでイスラム教、アニミズムそして魔術が続いています。ただしここで重要なのが、アニミズムは二元性的な信仰(キリスト教徒でありながら魔術を崇拝するなど)が可能な宗教であり、実際のアニミズム信仰者は以下のグラフで示された割合と異なる可能性があります。

カメルーンの宗教の割合を示すチャート
三位一体のジェスチャー (Toronto Archdiocese)

カトリックは旧約聖書の教えに基づいて設立されたキリスト教の一派であり、教会の共同体の重要性を強調するキリスト教の最も古い分派の一つです。一般的な慣習として、洗礼や三位一体の祈りがあります

カメルーンでは毎週日曜日にコミュニティ全体が参加するミサがあります。出席者は皆、スーツを身につけ、賛美歌を一緒に歌い、神父の説教に耳を傾けます。カメルーン人の多くが信仰心の強い信者であることから、聖書の教えは社会の中で尊重されています。この根強いキリスト教への尊敬は、AMBA boysのような活動家グループにも影響を与えているのです。

カメルーンでの礼拝の様子 (The Wall Street Journal)
AMBA boysと教会の良い関係について
AMBA boys がビショップを「逮捕」することにより守った経緯について

ジェームズは生まれも育ちもキリスト教徒でしたが、日本で神道と仏教が共存するように、彼はアニミズムとキリスト教が共存する環境に囲まれていたこともまた事実です。アニミズムは薬草やお守りに関連付けられている宗教で、実際カメルーンでは、国軍がAMBA boysを区別する一つの方法として、ベルトやブーツにお守りを隠していないか探す目的で、ボディチェックを行うこともよくあると語ってくれました。

AMBA boyか確認するため、体の切り傷やチャームを見ると国軍に全裸にされた経験について

伝統的なアニミズムの信仰には地域差がありますが、一貫しているのは、悪霊が逆境や不幸の根源にいるという考えです。各コミュニティ内には、通常、日本でいう祈祷師のような医者がおり、悪霊に対処し、悪霊の影響を最小限に抑える役割を果たします。アニミズムは、新しい考えや神々を取り入れる柔軟性がある為、次の動画でジェームズが説明しているように、キリスト教徒との共存も見られます。

アニミズムについて

カメルーンは、アニミズムが強く日常生活に影響をもたらしているキリスト教の国なのです。

ジェームズは人生においてキリスト教以外の宗教にも触れ合ってきましたが、アニミズムを信仰することはなく、キリスト教だけを一途に信じ続けてきました。

したがって、ジェームズの道徳心を理解する為には、カトリックを念頭に置いて考えなければなりません。カトリックが教える道徳心は、彼の思考・行動・価値観にとてもよく染み込んでいるのです。

以下では二つのセクションに分け、ジェームズにとって基礎的な価値観となっている宗教と教会でのコミュニティーについてご紹介します。

2. 基本的価値観としての宗教

「誰にでも怒りはあります、 悪い面もあります。ですが、他人に悪いことをしてはいけないと いつも感じています。宗教は私の中に強く根付いていて、私の行動・思考・行動のすべてにおいて私を導いているものなんです。」

前述したように、彼が受け継いできたすべての特徴と彼が大切にしている価値観は、カトリックのキリスト教として生まれ育ったことに起因していると見受けられます。

「彼らもまた人間なのです。」

動画の中でジェームズが説明している価値観は、「エンパシー(共感)」です。ジェームズは、偏見を持たずにすべての人を愛さなければならないと信じています。彼は、人間には誰にでも悪い面があり、誰もがある程度の怒りを持っていると話してくれました。それを踏まえた上で、すべての人に平等に接する。この共感の表現は、彼が密接にカトリックの信念に基づいていると信じているものです。

東京を見渡すジェームズ

こういった「共感」をジェームズはフランコフォンに対しても感じています。

「苦しんでいるフランコフォンもいるんです」

彼は、フランコフォンの行動が政府の操作によるものであるとを理解し、彼らの苦しみを認識し、弱さへにつけ込む圧力が暴力に結びつくのを理解しています。

フランコフォンへの共感を示すジェームズ

この動画では、ジェームズは二人の男性が無料の食べ物を受け取る例え話をしてくれました。一人の男性は無料の食べ物を受け取り、非常に満足し、もっと食べたいと思い、ビールを求めるのに対し、もう一人の男性は無料の食べ物を食べて、なぜこの食べ物が自分のところに届けられたのか、どのようにして届けられたのかを疑問に思う、というものです。この例え話を当てはめると、前者は、政府に操られているフランコフォンであり、もう一人はアングロフォンです。最初の男(フランコフォン)がもっと食べ物を欲しがっているのは、彼自身のせいではなく、むしろこの感情を利用した政府のせいであると語ってくれました。

「母はいつも正直で良い子であることを強調してきました 。カトリックの家系で育った私たちは、子供の頃からたくさんの道徳心を学びました。」

母親から教えられた価値観について

このビデオを通して、私たちはジェームズにとって母親の言葉がいかに深いものであったか垣間見れます。彼は躊躇することなく、雄弁にこう話してくれました。この想いは彼の記憶の中でも印象深いものなのでしょう。ジェームズは信頼されるためには、素直であること、正直であること、良い子であることが重要だと母に教わったと言います。若い頃から家族を支える為に家を離れ、都会に住み働いていたジェームズにとっては、母親の言葉が何よりもの心の支えだったそうです。

トラウマや辛い体験を私たちに語ることはジェームズにとって決して楽なものではありません。なんども辛いと言いながらも、私たちに話してくれると約束したからと頑張る彼の姿はとても誠実に見えました。次の動画では、ジェームズは母親の言葉をどのように生かしているかを語ってくれます。

信頼される男性になるための努力

共感・誠実さ・信頼は、ジェームズが宗教を通して築いてきた価値観です。全て彼の人生においてたくさんの経験とともに身につけてきたもので、これからも身につける努力をし続けるものでしょう。

3. 教会でのコミュニティー

ジェームズにとって、心の拠り所は常に教会でした。それは日本でも変わりません。日本での難民としての体験を語るとき、彼の人生における教会の関与を無視することはできません。ジェームスの心の拠り所について考えることで、辛い体験をした時にどうやって乗り越えてきたのか、また他の人との関わりがどう影響しているのかが見えてきます。

笑顔で聖書を読むジェームズ

ジェームズは、教会のコミュニティから計り知れないほどの心の支えを受けてきたといいます。カメルーンでは、カトリックの国際的な救援・開発機関である「カリタス」という教会のグループに所属していました。彼はここで居場所を感じ、自分なりの方法で大義のために貢献しようと勤めていました。主に政治情勢に影響された人々に衣類や食料などを配る役割を担っていたそうです。ジェームズはここではみんな「お互いに支え合っていた」とも語っており、大きな家族のように暖かい環境だと説明してくれます。

この動画では、政治的立場に関係なく、必要としている人々に食料や衣服を提供する活動をしていことを理由に、カリタスのトップが国軍に逮捕された経緯を説明しています。

カメルーンで教会のコミュニティに積極的に参加していたジェームズは、来日後も今までのように熱心になれるカトリックコミュニティーを探し求めていました。実際、彼は難民支援の団体を探すより先に、自分と同じ信仰を共有する人や組織を探したそうです。その努力の結果、ジェームズは、神に忠実なカトリック教徒のガブリエルと出会い、親友となることができたのです。

笑顔で一緒に歩くジェームズとガブリエル

ジェームズは、教会は彼が「ありのままで受け入れ、愛されていると感じる場所」であると言います。また、毎週日曜日のミサで聞く神の言葉はジェームズに毎日を乗り越えるための計り知れない力を与えているそうです。

支えとなっている神の言葉を思い出すジェームズ
支援団体に紹介された経緯

ジェームズが日本で生き延びるためには、支援団体からの支援が欠かせません。現在支援を受けているSophia Refugee Support GroupとMINAは、親友ガブリエルから紹介を受けたそうです。他の主要な支援団体の存在を知っていても、あまり助けを求めるのは好まないそうで、できるだけ団体の助けに頼らず生活をしようと努力をしていると語ってくれました。

助けを求めることへの恥ずかしさについて

「私は難民として助けを求めるのが恥ずかしく感じるんです。それが食べ物であっても、服てあっても、お金であっても。」

ジェームズは日用品すら足りず苦しい生活をしなければいけなくても、助けを求めるよりはよほどいいと言います。これは若い年齢から家族の「父役」を担っていたジェームズのプライドが許さないものなのでしょう。ジェームズは16歳の時に都会へ一人で働きに行き、それからすぐに事業を始め、5人家族が彼の収入のみで快適に生活できるほどのビジネスを一人で成功させたのです。

今まで自分の汗と涙で自身と家族の生活を支えてきたジェームズにとって、働くことも許されない難民申請者としての立場はとても窮屈に感じています。

これはジェームズだけではなく、他の大勢の難民申請者の現実です。移民とは違い、難民申請者には毎日のパンを買うお金を稼ぐ自由が与えられていないのです。

笑顔で写るジェームズとガブリエル

これまでのジェームズの人生での重要な機会や支えの多くは、彼が心から信頼している教会のコミュニティや友人が与えてくれました。生死に関わる状況から逃れるために日本に来るというアイデアさえも、カメルーンの教会員から提案されたものだったそうです。その上、ビザを取得してから日本に来るまでのすべての過程を教会が手助けしてくれたそうで、教会の仲間には深く感謝していると言います。難民支援団体に頼ることに抵抗を感じていたジェームズですが、日本でできた教会の友人たちは彼を心配し、支援を受ける機会を紹介してくれるそうです。

彼の揺るぎない信仰心はたくさんの大切な友人や機会のきっかけとなっており、彼を支える柱なのです。

カトリックの家庭で育ったジェームズは、キリスト教の心得を自分のアイデンティティに強く結びつけています。どんな困難の中であっても、神への信仰を保つことに励んでいます。今でもジェームズは辛いトラウマから来る発作に襲われ、家族から離れている悲しみと戦いながらも、神を信じ、日本のミサに出席して心を整えているそうです。彼を支える源は、信仰からみなぎっているように窺えました。