ナホは日本で生まれ育ちましたが、高校時代に1年間、交換留学生として米国で過ごしました。8歳の時にUNHCR主催の難民映画祭に参加して以来、世界の難民問題に大きな関心を持つようになったといいます。人道主義的な国際機関がどのように難民の命を守っているかを知りたいと思い、赤十字国際委員会(ICRC)駐日代表部で6ヶ月間広報インターンとして働き始めたナホは、インターンでの武力紛争の被害者の実態の取材を通し、難民の声をより多くの人に届けることに興味を持ちこのプロジェクトに参加することを決意しました。ジェームズと共にこのプロジェクトに取り組み、難民一人一人の物語がいかに複雑であるか、そして難民に関する広範な統計は、多くの難民が直面する痛み、苦しみ、挑戦の現実を捉えるには程遠いことを実感したそうです。ジェームズと知り合い、彼の話を世に広めるために協力する機会を得たことを大変光栄に思っており、難民の話を聞くことで、日本人がこの国の難民問題に取り組むために、一人ひとりが果たすべき役割を理解することができればと願っています。
アフリカの中心地、ケニアのナイロビで生まれ18年間育ったモネ。アフリカの環境で育った彼女は、日本に渡航してすぐに母国から来た人々と接したくなりました。その最初の出会いのひとつが、意外にもSRSGの難民カフェだったのです。難民認定希望者の大半がアフリカ系であることを知り、衝撃を受けたと記憶しているそうです。難民認定希望者の痛みや苦しみを聞き、難民問題への深い関わりと責任を感じたといいます。彼女は現在SRSGの一員となり、Refugee Voices Japanプロジェクトにも参加しました。ジェームズの物語を語ることを大変光栄に思っており、自分が書いたものが、すべての難民と同様に、ジェームズの強く忍耐強い姿を正確に描くことを願っています。モネはこのプロジェクトを通して、難民が抱える問題の深さやさまざまな側面を知ることができたと感じています。それは、ジェームズの言葉に耳を傾けなければ、決して深く共感することができなかったものです。だからこそ読者には、それぞれの難民の身になって考え、統計データを超えてこの問題を観察し、自分のように行動を起こす必要性を感じてくれればと願っています。
日本で生まれ育ったモモナは、上智大学に入学するまで地元の学校に通っていたため、日本を外から見たことがなかったそうです。市民社会や国際協力について学び始めてから、日本にはたくさんの社会問題があることを知り、それまでは日本に来る難民が生きるために多くの困難を抱えていることに気づきました。SRSGに参加したことで、難民問題に関心を持ち、このプロジェクトに参加することにしたといいます。このプロジェクトに参加したことで難民問題について知ることができただけでなく、ジェームズにインタビューすることで彼の目から見た日本や難民問題、そして日本における難民が数字としてのみ捉えられ、彼らの声が社会で聞かれないということを知ることができたのです。非常に複雑な難民の話を、読者・視聴者にわかりやすいものにするのは大変でしたが、このプロジェクトに参加できたことを光栄に思うとともに、多くのことを学んだそうです。難民のために行動し協力するためには、まず彼らの物語や声を知ることがとても大切なので、この記事を読んで多くの人が難民問題に興味を持ち、語り手の声だけでなく、他の多くの難民の声も社会に届くようになればと願っているそうです。


