日本での生活

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1. 仮放免での生活

「初日は夢のようだったよ。」

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「外に出たのか?それとも夢か?」

2020年12月23日、ついにパトリックは仮放免で収容所から釈放されました。収容所の外での最初の日は夢のようでした。2年ぶりにようやく外の世界に出た彼は、「これは現実なのだろうか?」とあちらこちらを振り向かずにはいられなかったのです。収容されていたときはいつも自由になることを夢見ていたのだから、きっと夢に違いないと思ったと言います。多くの難民にとって収容所を出た最初の日は輝かしいものですが、この突然の自由は再び人生をやり直す方法を考えなければならないときで、気持ちがくじけそうになったりもします。しかし、パトリックは臆することはありませんでした。外に出ればきっとうまくやれる、必ず成功するという確信が常に自分の中にあったと彼は言います。

「外に出たけれど、自由ではないんだ。」

「今君たちと僕の大きな違いは君たちは立ち上がって横浜に行こうと決められる」

パトリックにとって問題だったのは、仮放免の下で釈放されたため、多くの制約に苦しめられていたことです。仮放免では労働許可が下りないため、お金を稼ぐために働くことができません。健康保険にも入れないので自分の医療費も払えません。その上、さらに移動も規制されており、入管の許可なく東京以外の場所を訪れることは許されないのです。

日本では難民や仮放免中の人々も政府の支援を受けられないため、NGOや味方になってくれる民間人からの援助によって生き延びるしかありません。自活することを許されず、政府から社会福祉という形で支援を受けられないことも相まって、パトリックにとっては拘束の足かせがまだそこにあるように感じられるのです。自分は犯罪者ではなく、ただ国際法の下の権利である庇護を求めてこの国に来た人間なのだから、行動を規制される理由はないというのが彼の意見です。出所したものの最も必要なもの、つまり自由をまだ手にしていないとパトリックは話します。他の人たちと同じように仕事を得て自立し、どこへでも好きなように出歩く自由のことです。

「働けないということは、まだ収容中だということだよ。」

「今はそtにいてもまだ内にいるのと一緒」

今すぐパトリックが仕事に就くとしたら、ルールを破ることになります。しかし、働かずに生きていくことは不可能で、他人の援助に頼らざるを得ません。パトリックにとってこれはとても受け入れがたく、仕事ができるということは自立した生産的な市民であるということなのです。カメルーンでは自分のビジネスを成功させ、副業として数学や物理を教えていたこともありました。自分がいろいろな仕事をする知識を持っていることを知っているし、他人に依存することなく生活の安定を得るために肉体労働もする準備ができていると彼は言います。しかし、働くことを許されないということは、彼にとって自由な生活を送っていないということであり、まだ収容所にいるということなのです。

2. 難民申請状況

「信じられなかった。たったそれだけの間違いで、難民ではないなんて。」

パトリックが仮放免中なのは、2017年以降彼の難民認定申請が受け入れられていないからです。半年ごとに再申請することによってのみ、彼はこの国に滞在することが許されるのです。パトリックは、最初に申請が却下されたときはショックだったと語ります。認定されると思っていたのに、なぜ却下されたのか理解できませんでした。後になって弁護士から、それが彼の故郷のスペルミスのせいだと知らされたそうです。マンフェの多くの人々にあるミスで、地元の人々の発音とかつての英国支配者の発音の違いから来るものだと説明します。

「入管を前には何の力もないよ 本当に」

しかし入管は、もし彼が故郷を書けないのなら嘘つきだという見解を示しました。彼にとってその理由は取るに足らないことで、本当に驚くべきものでした。それ以来申請は却下され続けていて、入管は庇護希望者を却下する理由をどこからか見つけ出そうと懸命になっているのではとパトリックは感じています。しかし、難民には何の力もないと話します。不愉快に思っても何も言えず、ただ彼らの言うことを受け入れるしかないのです。

日本は国内で庇護を申請する難民を当時は99%ほど不認定としており、受け入れの割合はG20諸国の中で最低です。難民認定率の低さについて、上川陽子元法相は「申請内容を個別に審査、難民条約の定義に基づいて、難民として認定すべきものを認定している」としました。しかし、この数字が低い本当の理由は、日本が国連の難民条約を非常に厳密に解釈し、彼らが自国において個人的に標的とされ迫害されたことを示す重い立証責任を申請に課しているからです。

「命からがら逃げる中いつ証拠を集める時間があるというんだ?」

パトリックにとって最も受け入れ難かったのは、カメルーンで迫害を受け生き延びるために逃亡する必要があったことを証明できる書類を入管から要求されたことでした。命からがら逃げてきた人間に、自分の状況を証明できる書類を準備する時間があるのだろうかと尋ねます。パトリックは急いで家を出たので、家から大切なもの−家族の写真さえ持ち出すことができませんでした。唯一友人が家から持ってきてくれた洋服とお金が来日時に彼が持っていたものすべてだったのです。

加えて、政府や警察のせいで自分の命が危険にさらされていたので、証拠となる警察報告書の提供を求めることはほとんどできませんでした。その上、来日前は日本について何も知らなかったとも説明します。日本に行くことはパトリックにとって生き残るための唯一の選択肢でしたが、日本でこれらの書類の提出を求められるとは知りませんでした。庇護を求めるためには迫害を証明する書類や写真が必要だということを知らないというのが、世界中の多くの難民の現実なのです。

3. 友人からのサポート

「日本人はとてもオープンだよね」

日本のような国では政府による難民支援は非常に弱く、難民や庇護希望者が受ける援助の多くは友人や支援団体からの援助に頼らざるを得ません。しかしパトリックがここで強調するのは、多くの日本国民が博愛主義的で人道的な活動を支援しているという点です。

パトリックが収容所の中にいたとき、日本人が彼を支援し、釈放へと戦うために来てくれました。外にいる今でさえ、支えて励まそうとしてくれる人がたくさんいます。このことで日本人はとても善良で思いやりのある人たちだという印象を持ったそうです。友人の一人の柴崎さんが時々電話をかけてきて何か必要なものはないかと尋ねてくれましたが、パトリックはあまり助けを求めなかったといいます。それはサポートに感謝していないわけではなく、人の負担になるのが嫌なのだと話します。仮放免として収容所を出るのとその後自立した生活を送るのに必要な資金として20万円を提供してくれたのも、その柴崎さんでした。

友達の柴崎さんと写るパトリック

しかし、パトリックはそのお金をすべて使わずに周囲に分け与えました。彼の周りには困難な状況にある人たちがいて、その人たちの方がお金を必要としていたからです。彼はどんな小さなものでも自分が持っているものに心を注いで、それで満足するという主義で生きようとしています。彼にとって経済的な支援よりも大切なのは人々と過ごす時間で、友人たちにとっては自分に会いに来てくれることがすでに大きな喜びなのだと言います。多くの難民が収容所での孤独や、そこを出てからの社会的孤立に苦しんでいます。誰しも友達は必要です。多くの困難に対処していると時には頼れる人がいなくなってしまい、さらに窮地に追い込まれてしまいます。お互いのことを大切にしているからこそパトリックは、収容所に話をしに来てくれた人々や、外で励ましてくれた友人たちにとても感謝していると言います。誰かが自分のためにそこにいて話をしたり聞いてくれたりすること、それだけが必要なときがあるからです。

4. 精神力

「いやいや強くい続けよう きっと大丈夫」

パトリックはカメルーンでの戦争で兄と父を失い、助けを求めて来日しました。危険や死を避けるために故郷を離れた難民の多くは、何らかの精神的ストレス障害を経験します。そのようなトラウマ的な経験に加え、彼は日本の収容所に入れられることに対処しなければならなりませんでした。収容所はうつ病、不安障害、PTSDを発症または悪化させる可能性を高めることがわかっています。4年経った今も彼は基本的権利を否定され、犯罪者に近い扱いを受けてストレスの多い状況に置かれているのです。パトリックがストレスを避けて普通に生活できているのは、彼の前向きな姿勢にあります。仮放免であることに不安を感じながらも、これは経験しなければならない人生の転換期に過ぎないと信じて、どんな困難も存在しないかのように自由に生きようとしているのです。

「振り返ってばかりだと、いつか壊れてしまう。」

パトリックは毎日自分を向上させるための習慣に従うことを大事にしています。これは、彼が収容所で身につけた、自分の置かれた状況に適応するための戦略です。毎日欠かさず体を鍛え、やる気を起こさせるような講演を聴いて心を鍛えようとするのです。彼の心を強く打った言葉のひとつが「製品の品質はその製品、製造者によってのみ決まる 」というものです。パトリックは自分が神の産物だと考えているため、自分の資質は神によってのみ決定されると述べています。このような考え方のおかげで、彼は他人が自分について何を言おうとも無視して自分自身に対して安心感を持つことができるのです。

パトリックと神との関係も、彼が希望を強く持ち続けられる要因のひとつです。彼は神を信じて100パーセント信頼していると言い、朝一番に神と話すようにしています。彼にとって聖書は大きな励ましであり、聖書を読んでいるとストレスというものを忘れてしまうことがあるそうです。ストレスを抱えている他の難民たちが、彼の話を聞いて励ましを得ようとやって来ます。全ての知恵は聖書から学んだというパトリックは、困難な状況に置かれて多くの葛藤があるときはいつでも、聖書があなたを助ける言葉を持っていますと皆に勧めるのです。

「この節は本当に心が落ち着くよ 希望を強く持ち続けさせてくれる」
聖書の中でパトリックが好きな詩篇37章4節 (YouVersion)

5. 難民制度に対するパトリックの意見

「俺の罪は何だというんだ?何も悪いことはしていない」

パトリックは保護を求めて日本にやってきましたが、4年経った今でも基本的な権利を否定され、制度の虜になっています。彼は日本の難民制度は単純に不公平だと言っていて、彼や他の多くの仮放免の難民は、実際には普通の難民であるにもかかわらず、そのように扱われていないと話します。多くの入管職員は彼らが真の難民である可能性が高いことを知っているのですが、制度の仕組みのためにそれを無視し、この抑圧的な制度の中に彼らを閉じ込めているというのが彼の意見です。2021年、日本で庇護が認められたのはわずか74人でした。前項で述べたように、難民の数がこれほど少ない背景には、日本が国連の難民条約を非常に厳密に解釈していることがあります。日本でほとんどの庇護申請が却下されるのは、紛争から逃れるためではなく、実際に日本に入国して働こうとしているからだと政府関係者は言っています。また、国民が均質な社会を重んじるという理由もあるでしょう。とはいえ、このような考え方は国際法上の難民となる人々の権利をはねつけるものです。

入管のウェブサイトで15言語で公開されている難民認定の申請と就労に関する通告 (出入国在留管理庁)

世界有数の豊かな経済大国であり、難民条約に加盟している日本には、人道的にもっと努力する義務があると難民を擁護する人々は長年主張してきました。パトリックはまた、世界や国内においても多くの人々が日本の制度を知らないという意見も持っています。彼らが抱く日本のイメージは、難民制度に関して日本で起きていることとは異なります。実際日本はアジアで最も古く豊かな民主主義国家であり、世界的なリベラル規範と人間の安全保障を掲げているにもかかわらず、難民の受け入れはごく一部にとどまっていて、先進国の中で最も抑圧的な政策をとっています。近年繰り広げられた世界的な難民危機の中で、このような受け入れ実績の低さはさらに厄介なのです。

「国内でも難民の扱い方が違うのはフェアじゃない」

上の動画でパトリックは、ウクライナ難民を支援する際に日本は長い間苦しんでいる多くの仮放免の人々のことを忘れていると発言しています。2022年、岸田文雄首相はこれまでの難民受け入れ保留の姿勢から一転して、ロシアの侵攻から逃れてきたウクライナ難民を「共にあることを示す」として受け入れると述べました。しかしこの方針転換は、性別、年齢、障害、セクシュアリティ、その他禁止されている理由による差別なしに適用されなければならないとする難民条約に反してると言えます。ただし、日本はウクライナから逃れてきた人々を難民としてではなく、避難民という特別なカテゴリーで扱っています。多くの専門家は、日本がウクライナからの避難民を受け入れたのは欧米諸国との協調姿勢を示すための政治的判断だと考えていますが、ウクライナ人支援の動きによって難民に対する意識が高まっている今こそ、日本も難民政策を転換し、国際社会で公平な負担を担うべきでしょう。

日本のウクライナ難民受け入れの決定を速報で報じるフランスのメディア (France 24)

6. 差別とメディア表現

パトリックのようなアフリカから来た外国人にとって、日本人との交流のほとんどは良いものでしたが、いつもそうだったわけではありません。パトリックは、特に電車の中で差別を受けたことがあると言います。彼のような黒人が電車で座ると突然横の椅子がすべて空席になり、みんな逃げていくそうです。電車内での差別は、日本にいる多くの難民にとって共通の問題です。

「僕が黒人だって気づくとみんな移動して周りの席が空くんだ」
「もし俺も日本人だったらああいう黒人が金を盗もうとしているんだって思うと思う」

「僕が知っている日本人のほとんどが良い人たちだよ。差別している人たちだって、良い人。問題は間違った情報なんだ。」

しかしパトリックは、この差別がどこから来るのか理解していると言います。日本人は本当に黒人は危険だと考えていて、でもそれを責めるつもりはないそうです。黒人や難民に関する情報はネガティブなものばかりで、自分たちは危険であると信じ込ませるだけなのだから、恐れられていてもパトリックは驚かないのです。

日本のメディアは誤った情報を流し、難民に対する固定観念を植え付けていて、アフリカ人に関するどんな記事でもアフリカの最も貧しい地域しか紹介しないとパトリックは話します。もし難民が犯罪を犯したという話があればその時しか難民についての話は聞かないのですが、こうした番組は非常に有害だと言います。なぜなら、アフリカ人はみな貧しく無教育で、難民はみな泥棒になる可能性があると人々に思わせてしまうからです。彼はテレビで難民についての番組を見たことを覚えていますが、その番組が難民について語り、彼らに否定的な見方をしているのを見て、もし自分が日本人だったら自分も難民に反対するだろうと感じたそうです。このように、日本における難民差別の根源的な問題は、人々に流される難民に関するネガティブな情報にあります。残念ながら、難民や庇護希望者の流入が犯罪や国家安全保障上のリスクを増加させるという実証的な証拠がないにもかかわらず、多くのニュース記事がこの2つの傾向を結びつけているのです。

難民は危ないという差別的なイメージを無くすため「私たちはテロリストではありません」と書かれたポスターを掲げ平和的に抗議活動をフランスで行う難民たち (France 24)

番組やニュース記事以外にも、日本では政治家による反難民の巧言も浸透しています。2017年9月には、麻生太郎当時副総理が朝鮮半島から難民が来た場合に言及し、「武装難民かもしれない。警察で対応するのか。自衛隊、防衛出動か。射殺ですか。」と発言しました。このような難民と犯罪やテロを結びつける報道は、人々にネガティブな影響を与えるようです。実際、難民に関する脅威的なニュースは、それが現実のものであるかどうかにかかわらず、日本人が影響を受けやすいという指摘もあります。日本では難民の受け入れに伴う治安上の深刻な問題が発生したことはなく、ましてや難民に関連したテロ事件が発生したこともありません。それにもかかわらず難民を他国への脅威として描写する報道は、日本人の恐怖感を誘発し、難民受け入れに反対する傾向を強める可能性があるということなのです。

麻生太郎(当時)副総理による物議を醸す発言に関する報道 (The Japan Times)

「フェイクニュース」や誤報を含め世界中で様々なニュースやソーシャルメディアにアクセスしやすくなっている中、この結果は日本の難民問題での世論形成におけるメディアの役割について懸念を抱かせるものです。他方、外国人や難民と個人的に友達になるなどの交流は、それらの人々を危険な存在と考えにくくする効果があることがわかっていて、これはパトリックが対峙した経験でもあります。パトリックが初めて会った日本人は最初はパトリックをとても恐れていましたが、ひとたび彼を知るようになると、恐怖心は消えたのです。

「こっちが穏やかで良い人だって分かると完全に受け入れてくれるんだ」

7. 読者へのメッセージ

「世界中の人々が真実を知る必要がある」

「真実だけが人を自由にしてくれるんだ。」

今でも日本は移民の影響を受けにくい国です。人口の2.2パーセントしか外国人や難民はいません。ほとんどの人は難民との交流がなく、難民に関する情報はネガティブなものばかりです。難民との交流がないと自分とはまったく違う存在だと思いがちですが、彼らの苦労を知らないと、簡単に無視してしまう可能性があります。日本における難民の窮状について日本人は真実を知る必要があるとパトリックは話します。

「ほとんどの人が本当に何が起きてるか知らないんだ」

パトリックが日本人に自分の境遇を話すたびに、彼らは自分たちの国の闇の部分を知り、ショックを受けると言います。難民としてここに来たという理由だけで、彼が仮放免の人間として扱われていることが理解できないのです。さらにまた、もし人々が難民の事例をもっと知れば、難民に対する見方が本当に変わるだろうと言います。日本人はもともと良い人たちであり、出会った人たちがとても親切だったから日本が好きなのだと述べています。

パトリックは日本が好きであるにもかかわらず今まで入管の制度の犠牲になってきたため、この国の一員となって成長する機会を得ることができませんでした。彼は、難民の苦労を浮き彫りにする情報を日本人のために発信すべきだと考えています。多くの日本人が親切で思いやりがあるという経験から、それが難民に対する考え方が変わるきっかけになると信じているのです。彼にとってすべての力を握っているのは国民であり、この国の体制を変え、あらゆる人にとって物事をより良くする力なのです。そして、そうすれば日本はより良くなると彼は言います。

「人々には現存の制度を変えるべく立ち上がる力があるんだ」