最近のサンデイ

英語版はこちら ENGLISH VERSION

 「良い父親とは子供を思いやり愛する人のこと」

注:このページの全ての動画において日本語字幕をご利用いただけます。
字幕の表示方法はこちら

 「良い父親とは『良い父親』が何か分かってもらえる人だと思います」

サンデイのアイデンティティは難民と政治活動家である事以外にもあります。彼は夫であり父であり、起業家の卵なのです。サンデイの父親像、政治活動、そして日本での未来について聞きました。

サンデイと彼の子供たち

サンデイには20人の子供がいて、写真の末の二人は日本で産まれました。ウガンダのロイヤル・ファミリー(ブガンダ王家の氏族)の王の甥であるサンデイは大家族の一員です。59人の兄弟がいると話していました。サンデイによると、ウガンダでは養う力がある人は、大家族をつくるのが文化だそうです。「良い父親の条件とは、子供に思いやりがあることだと思う」と自信を持って語ります。サンデイの「父の哲学」は子を愛し、そして愛されることです。子供たちが愛を受けることで、良い父親とは自分たちのお父さんのことなんだ、と思ってほしいと言います。サンデイはウガンダにいる子供たち全員を大学卒業までサポートし続けた、とインタビュー中誇らしげに語りました。将来の道を開かせるため、教育を大事にしています。

仮放免中の父親であること

「私の子たちは日本の子供です。これは間違いないです。」

興味深いことに、サンデイは自分の子供たちを人種と関係なく、ビザに示されている通り日本人と見ているそうです。母親のビザのおかげで、子供のビザについて悩まなくていいことは幸運だと話します。日本にいる子供たちは学校に通い始めたばかりで、家では英語、学校では日本語、とバイリンガルに育っています。日本で生まれ育っていながらも、どこか日本から離れた振る舞いをするそうです。サンデイはそれを「外国の血から来る力強さ」だとユーモアを込めて言います。サンデイの子供たちは日本で目立つと分かっていながらも、その違いを自身の強みだと受け止めています。「日本での暮らしは大変なこともたくさんありますが、置かれた状況がどうであれ、私たちはそこで馴染むことできるんです。」と語ってくれました。サンデイは同じ力強さを子供達から感じるそうです。ビザの取得問題はありますが、サンデイはウガンダと日本の子育ては金銭的事情以外の違いがないと言います。「20人の子供がいても、父親としては何も変わりませんよ」と確信を持って話すサンデイ。経験豊富な父親として、自分の父親としての役目に自信を持っているのです。

サンデイは末の子供たち2人には無限の可能性があると信じています。「あの子たちなら何でも可能で、何だってできると思うんです。」日本での受ける教育や言語の面を通して、たくさんの可能性が切り開けられています。日本生まれの娘と息子には理解できる歳になってから、ウガンダの情勢を説明する予定だそうです。「知る必要があります」と真剣な口調で語ります。ウガンダの情勢が落ち着いた時、いつかウガンダにも連れて行きたいと考えているとも話していました。「ホーム(祖国ウガンダ)がいつだって一番。今日本に住んでいますが、ホームが一番なんです。日本で生まれ育ったとしても、最終的には自分で行って決めなければいけませんね。」と日本に住むかウガンダに住むかは子供自身の決断だと話します。サンデイは特にいつか子供たちが自分たちの家庭を持つことも期待していて、サンデイ自身も家族を増やすことを考えているそうです!子供たちには一つの文化に囚われず、自分らしく生きていける場所に住んで欲しいと願います。また、ウガンダの情勢が改善しそうにないので、祖国にいる子供たちが出国する手伝いもする予定だそうです。

サンデイの日本での政治活動

「私の国では銃で撃ったり催涙ガスを投げたり 本当に何だってするんです」

サンデイはウガンダのニュースにも注目しており、政治情勢に変わりがないことに悲しんでいます。最後のインタビューでは、「今、みんな新型コロナウイルスで頭がいっぱいいっぱいです。まだウガンダでは死者が出てないのに」と、ウガンダ政府の新型コロナウイルス対策に憂慮する様子も見せました。確かにインタビューをした7月8日時点では死者は出ておらず、ウガンダ初の死者が出たのは同月25日でした。さらに、感染予防対策としての外出禁止令を口実に一般市民を暴行する事件も相次いでいます。サンデイは現地にいる子供たちにはあまり政治に関わりすぎないよう忠告しているそうです。「全ての中心である都心に住んでいるから、政治にあまり関心を持たないよう言っているんです……自分の経験もありますから」と、自分のウガンダでの政治活動について語るのは難しいことが想像できます。日本では言論の自由がありますが祖国では状況が全く異なるのを理解しており、サンデイは子供たちが政治に関わり始めたら自分のような経験をするのではと危惧しているのです。

「自分の国から逃げたのには理由があって、その理由は悪化しています」

日本で苦しい生活をしていても、命の危機に怯えるよりマシだと、若い頃からウガンダの民主主義化活動をしていた頃に警察による暴力を受けていた過去を振り返りながら、サンデイは語ります。今もなお、日本に住む難民として再度収容される可能性は残りますが、現大統領の政権が続く限りウガンダに希望はないと言います。日本では、命の危険なく抗議する自由を行使することが出来るのです。

日本人のボランティアとの被収容者の面会を通して知り合いと、サンデイはメールや電話を使いデモを主催してきました。「デモの主催の仕方とか旗の集め方、それからポスターの作り方」を聞かれ、難民・非難民問わず、特に若い在日ウガンダ人が集まってデモに参加したと言います。「彼らはウガンダ人ですが、日本に来たばかりの若いウガンダ人」だそうです。デモ活動の趣旨は日本政府のムセベニ政権の支持・支援の取り止めでした。2019年、安倍元首相はアフリカ開発会議(TICAD 7)に参加のため訪日していたムセベニ大統領と首脳会談を行っており、ムセベニ大統領の政治的リーダーシップと隣国との平和維持を称賛していたところでした。ムセベニ大統領は企業などの組織腐敗に反対するデモなどを先導し、経済成長を通して違法金融取引に手を染める人を減らすと主張してきました。しかし、現地の政治活動団体アクション・エイド・インターナショナル・ウガンダと議会副議長ジェイコブ・オウラーニャは、これはあくまでパフォーマンス・アクティビズム(見せるためだけの政治活動)であり、ムセベニ政権が続く限り国の腐敗は続くとしています。サンデイ自身も、インタビューを通し幾度と「まだムセベニが大統領なので、ウガンダに希望はありません。」と現大統領を信頼していない様子を見せました。実際、ムセベニ大統領は全国的な鉄鉱石の輸出禁止後に「サンプル品」として密かに輸出し脱税したとして、違法鉱物貿易の罪を疑われています。サンデイはこういった政治的腐敗に対し若い頃から民主党への参加を通して常に抗議してきました。「大統領がやることだから正しいと感じる人がいるでしょうが、そんなことはありません。彼は間違っているのです」とムセベニ政権についてサンデイははっきりと語ります。サンデイはウガンダをより良くすべく、日本でデモ活動を行ったり国際的な知識を高めたりすることで、祖国と繋がりを感じることができるのです。

反ムセベニ政権デモのため集う東京在住のウガンダ人たち

東京で行われる反ムセベニのデモはインターネット上に記録され残されています。反政府デモが違法とされるウガンダ出身のサンデイが、インターネットに抗議者として載るのを恐れても当然です。しかし、「ネット上で顔が載るのが怖くないのか」との質問にサンデイはYouTubeに講義をする自分の動画が上がっても怖くない、日本では安全だからと説明します。安定した在留資格は降りなくとも、ここでは政治的意見を述べる言論の自由があるのです。

「私はここ(日本)にいて、ウガンダに戻らない限り何も起きません。」

日本で何度も平和的デモに参加してきたサンデイですが、一度警察官に先導されながら渋谷でムセベニに対するデモをした時のことを語りました。安倍政権にムセベニ政権の支持を取りやめるよう要求したもので、デモ終了後は歌い、気勢を上げながらウガンダ大使館に請願書を提出しに向かったそうです。しかし、大使館は今回の様な平和的デモを通して作った請願書も受け入れず、大使館としては反ムセベニ政権層と関わりたくない様子を見せました。サンデイの同郷出身の女性が大使館の窓を開け、デモの動画を撮る様子を見たことがあると話します。これは日本政府が現ウガンダ政権に賛同している現れでしょうか。デモを通りかかった東京の人たちは、日英両言語で書かれたチラシに興味を示したそうです。サンデイは誘拐、拷問、そして愛する祖国を離れることになっても、いかなる時でも強い正義感を持って行動してきました。腐敗に対し強く反発し変化を願うのはサンデイにとって当たり前のことであり、それは祖国と距離があっても変わらないのです。

サンデイの描く未来

 「私は自分らしくあればならない。自由を手に入れれば、誰かの元で働くのではなく、自分のビジネスを持つことができる…ビザさえ取得すれば、自由になんでもできる。」

最後のインタビューで、サンデイは「自由になりたい」と語りました。仮放免の状態では行動に厳しい制限がかかります。例えば他県に行くだけでも、品川の東京出入国在留管理局に事前申告しなければなりません。サンデイはこの不自由さを「頭だけがあり、その他部分がない様です」と例えます。仮放免はあくまで仮の収容所からの自由で、自営業を営み家族を増やしたいと願うサンデイにとっては不自由極まりないものなのです。

サンデイは当面は日本にいる予定ですが、自営業を始めるため他国に引っ越す可能性もあるそうで、「ビジネスをする事で頭がいっぱいです。ずっと誰かの元で働くつもりはありません。」と教えてくれました。自由がなければ、ビジネスのアイディアを広げることはできません。「ウガンダでは、お金がある人は自分でビジネスを開くものなんです」と、日本での生活で得た経験を活かして商業をしたいと思っているそうです。ウガンダでは自営業を営む事はそう珍しいことではないと最初の方のインタビューで語ってくれ、サンデイ自身もウガンダでは自営業を営んでいました。リーダーシップがあるからこそ、社長として立つのが彼にとっては当然の事なのかもしれません。自分のビジネスを立ち上げることができれば、仮放免では得られなかった自由と自立がサンデイに与えられるのです。

2018年のインタビューから2020年のインタビューの間に何が変わったかと聞くと、サンデイは「日本は何も変わってません」と答えます。しかし、サンデイは入管法の改正により自分の日本滞在に影響が出るのはと懸念しているそうです。

「最近ニュースで聞くのは悲しいものばかりです」

サンデイは最新のインタビューより数週間前である6月15日に記載されたニュース記事について心境を述べました。外国人の長期収容問題の解決策として、日本に非正規滞在している外国人に自発的な出国を促しつつ従わないものには罰則を与える制度を、「移民収容の代替案」として政府の有識者が提案したという報道でした。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が出版する国際的な難民保護と国の保護制度のガイドラインには、庇護希望者は申し立てへの最終判断が下されるまで強制送還はされるべきでないとしています。

上記の有識者の集いはこの国連条約はつけ込まれており、複数回難民認定の申請をしている人に対して何らかの規制が必要だと主張しているのです。この提案に対し、「これらの意見は意図的に外国人を排除しようという前提の元に抗議されたように感じる。被収容者の解放についての抗議が最小限にしか行われなかったのが極めて残念だ。有識者の集いは真剣に被収容者が収容される必要が有るか否か検討していない。」と反論する弁護団体もいます。これらの法案が成立すれば、サンデイの様な難民が強制帰還の危機に晒される可能性があります。日本にいればウガンダに住んでいた時の様に自らの命の危機に怯える必要はないが、かといって歓迎されているようにも思えないといった、安全への有難みと明らかな拒否感という表裏一体の感情は、日本にいる難民の中では珍しくないのです。

読者へのメッセージ

「私たちは肌の色が違うというだけです。そして色なんてなんでもありません。」

2019年、日本は10,375人の難民認定申請者の内、44人を難民として認定しました。難民支援協会は、難民に対する偏見などがこの低い認定数に影響しているのではないかと考えます。

日本は、サンデイが保護を求めた国の第一候補ではありませんでした。サンデイは今まで愛する祖国のために戦ってきましたが、国による迫害によって離れざるをえなかったのです。多くの庇護希望者と同じく、サンデイは難民として認定されず、後にオーバーステイを原因として収容されました。それでもなおサンデイが希望を捨てなかったのは、収容はサンデイが今まで経験した最悪の事態から程遠いものに過ぎなかったからです。そして、仮放免である事は収容されている事と変わらなく、収容所から出ていてもそれはサンデイが望む自由ではないのです。

サンデイは自分と日本人の違いは肌の色しかないと強く信じています。収容中であっても、監視員も有る意味自分たちと同じ様に収容されているのではないかと考えていました。肌の色が人の良し悪しを表す事はないのです。もっと日本の人たちが「みんな同じ人間であり、肌の色は関係ない」という事に気づき、違いよりも共通点をみて欲しいとサンデイは願います。