「本音」とは日本語で「本心」を意味する言葉です。人生経験を通じて、ヤセルの「本音」は進化してきました。
ふるさととは、一見単純明快な概念です。安らぎと愛、安全、安心、安定の場所であり、慰めの場所であり、帰りたくなる場所です。しかし、国境を越えた人々にとって、ふるさとはもっと複雑なものなのです。例えば、ローズマリー・マランゴリー・ジョージ教授は著書『The Politics of Home』の中で、「ふるさとは暴力と養育の場である……ふるさとは逃げ込む場所であり、そこから逃げる場所でもある」という、ふるさとに対する別の見方を提示しています。安全が損なわれる状況に置かれた難民は、これまで知っていた唯一のふるさとから逃げ出すしかありません。ヤセルはシリアを離れるつもりはありませんでした。母親は良い仕事に就いていたし、彼は大学進学を目指し、開花しつつあるサッカーのキャリアに専念していたからです。けれど、もはや安全ではない状況に置かれ、選択の余地はありませんでした。
シリアを離れるとき、彼らはこのふるさとのイメージと記憶を心に刻みました。ディアスポラの文化研究の学者であるハミド・ナフィシー(1999)は「ふるさととはどこにでもできる。一時的なもので、移動可能であって、想像という行為をもって、ふるさとは作り、作り直し、思い出と共に持ち運ぶこともできる。」と言っています。
アサド政権下で育ったヤセルの人生は、戦争への感覚の麻痺によって特徴づけられてきました。彼は多くの人々が抑圧された虐待的な体制の中で育ちました。とはいえ、シリアで生まれ育った彼にとって、ふるさととは常に多くの親族と共有する集合住宅であり、彼が育った場所であり、彼が通う学校の近くだったのです。

ヤセルがサッカーに興味を持ち始めたところにいつもふるさとがありました。

大学があった街にもいつもふるさとがありました。
しかし、新しい生活を余儀なくされたことで、ヤセルのふるさとに対する見方は大きく変わりました。
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「シリアは大きく変わってしまったよ。もう僕たちが育ったシリアではない。政権のイメージは今やどこにでもあるんだ。街を歩けば、政権側のシリア国旗やバッシャール・アル=アサドの写真があるからね。」
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年月の経過とともに、ヤセルはかつてふるさとと呼んでいたシリアへの親近感を失っています。以前帰属意識を感じていた場所とのつながりが薄れていく感覚は、ほろ苦いものです。難民を含む多くの人々は、大抵自分がどこから来たのかを決して忘れないこと、つまりいつでも「母国」に戻ることが最終目標だと固く信じています。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の「自主帰還に関するハンドブック」には、「難民が迫害の犠牲者から脱却し、真の解決策の一部となる機会を与えるため、自発的帰還に向けて取り組み、実施している」と記されていますが、多くの人は戻ってくることの危険性も認識しています。そしてさらに重要なのは、かつてのふるさとの記憶と教訓を背負い、新たな機会、安全、安心の未来に向かって前進するという選択なのです。
「ふるさとって言うとき、だいたいは家族を意味するよね。僕の家族はここにいるし、シリアのことで寂しく思うことは特に何もないよ。」
しかし、シリアをふるさとと思わなくなった今でも、彼は同じシリア人に親近感を抱いています。けれども初めて日本に来たときはそうではありませんでした。自分の未来を築くことに目標を定めていたのです。「シリア人だけでなく、大概のアラブ人から距離を置いていたよ。日本人や外国人と接したかったし、自分の将来がどうであれ、それを築きたかったんだ。」と話します。 しかし、俳優としての新しい生活で安定を得た後は、彼は仲間のシリア人をサポートすることに熱心です。「僕はこの国に来たシリア人、学生、誰にでも手助けをしたいんだ。僕も同じことをしたい。自分がひどい扱いを受けたからといって、他の人たちにひどい扱いをするつもりはないよ。僕に力があるとき、与える能力、情報、サポートがあるときはいつでもできる。いつだって自由にそうすることができるんだ。」とヤセルは語ってくれました。
ヤセルが同胞であるシリア人、特に日本に避難してきた人たちを支援しようとするのは、彼らが経験してきたことすべてにおいて他の人たちから得られるのはせめてもの思いやりであることを、直接体験して知っているからです。今現在、ふるさとについての彼の本音は、そこは単なる場所ではないという確信があることです。彼にとってふるさとはもうシリアではないかもしれませんが、それでも自分と同じように苦しみ、耐え、苦難を乗り越えてきた人々に帰属意識を見出しています。ヤセルにとっての最終目標は、もはやシリアに戻ることではありません。彼は「ふるさと」に引き返すのではなく、同じシリア人、つまり彼のように新たな人生のチャンスを得るのに値すると信じる人々に目を向け、彼らが新たなスタートを切るのをサポートしようとしているのです。
ヤセルと同じように、世界中の多くの難民がいつの間にか自分たちが置かれた状況の犠牲になっています。戦争、混乱、紛争…彼らは毎日、明日をも知れぬ不安とともに目を覚まします。それは紛れもなく困難な、唯一知っていた生活から強制的に引き離されるような状況です。しかし、紛争という経験はすべての難民に共通するものであっても、難民がそこからどこへ行くかを決める道はひとつではありません。ヤセルのような一見成功に見える物語から、難民の物語がいかに不確実性と変化に溢れているかが分かります。難民になることで、その人の人生、ものの見方、安定、成功、家族、家庭といったものの意味が変わるのです。